「なかなかいいバーが、○○の交差点からちょっと南にできましたよ」
「へえー。今度行ってみます」
時々いくバーのバーテンダーが教えてくれたので、行ってみました。
鮨店は、鮨店に聞けば間違いないですが、バーもバーテンダーに聞けば、はずれたためしはありません。
カウンター8席。バーテンダーは、抑制がきいて、しゅっとした男前。ポイントに、濃い赤色を効かせた内装で、好みの照明、好みの空気感です。
「バーは照明と色で覚えている」
誰の言葉だったか、なかなか含蓄の深い言葉です。
このバー、1回目の訪問の時、何を飲んだか忘れましたが、スポット照明の具合がいい感じだな、赤い店だなという印象を持ったのを覚えています。
2度目に訪問したのは、半年後でした。
扉をあけて、席についたとき、改めて一礼され、
「お久しぶりでございます。本郷様」と、言われて、びっくりしました。
僕の名前を覚えているではありませんか。
「え?名刺交換しましたっけ?」
「いえ、お連れ様が、お名前で呼ばれてましたので」
「え?そうでしたか。でも、すごい記憶力ですね。まさか前回何を頼んだかまでは、覚えていないですよね」
「確か、グレープフルーツとホワイトラムで、カクテルをお作りしました」
「あ!そうそう、ロングカクテルでって頼んだ頼んだ」
僕自身、何を飲んだか忘れていたのに、おそるべき記憶力。
よっぽど客が来なくて暇なのか、それとも、天才的記憶力の持ち主か。
でも、顔と名前をどう一致させたのでしょうか。
それから、何度目かに行ったときに、バーテンダーに聞いてみました。
「半年ぶりだったのに、どうして顔と名前と、飲んだお酒をおぼえていたのですか」
「実は、毎日、お越しいただいたお客様のお名前と、飲まれたお酒を記録してまして。お名刺をいただいた方は、そこに日にちと、お酒をメモしております。お名刺をいただいてない方でも、お名前を伺った方は、ノートにメモしておきます」
「なるほど。名前と、飲んだお酒のメモをする。それは、わかるけど、次来たとき、顔と名前は、どうやって一致させるのですか?」
「100%は一致させられないのですが、ちょっとしたお顔の特徴、お姿の特徴もメモしておきます。ときどき見返しては、記憶を強化しております」
「なるほど、すごい努力ですね。で、僕の特徴は、なんてメモしてたんですか?」
「ハハハ、それはお教えできません。企業秘密です」
客は、名前で呼ばれるとうれしいものです。
大阪~東京間を飛行機移動したときです。キャンペーンをやっていて、通常料金とほとんど変わらなかったので、JALのファーストクラスに乗ってみたことがあります。席につくなり客室乗務員が、
「本郷様、お上着お預かりしましょうか?」
と、名前で声をかけてくれます。乗客リストを見て話しているのでしょうが、
「お客様、お上着お預かりしましょうか?」
と言われるより、初対面でも、数倍気持ちがよかったです。
その行きつけのバーも、残念ながら、つい最近、東京へ移転してしまいました。
東京出張の際には、
「半年ぶり、覚えてる?」という挨拶をしに、近々、行ってみたいと思っていますが、
おそらく
「どちら様でしたか?」と笑って言ってくれることでしょう